【師匠の教えを思い出す】

今までに僕が師匠と仰いでいた方は
日本舞踊のお師匠さんでした。
数年前に亡くなられました。

それまでは
師匠の新作舞踊公演について
国内外の公演を周り
出演などをしていました。

『私のしていることを全て見ていなさい。』

晩年に師匠にこのような事を言われました。

これは踊りのことだけでなく
公演にまつわる全てのこと
日々の立ち居振る舞いなど

本当に全てのことを指しておられたと
今はとてもよくわかります。

正直なところ悔やまれるのは
当時そこまで理解できていなかった
私がそこにはいたということです。

今では記憶を辿りながら
師匠のされていたことを
少しでも多く模倣することを
日々励んで行こうと思っています。

思い出すのは
お稽古場に入った最初の頃
『名取を取るつもりはあるか』
と言われたことです。

当時の私は名取をとれば
その流派のものになるので
色々としがらみなどに煩わされて
自分の作りたい作品などを出来ないと思い

『名取を取るつもりはありません』
と答えました。
数ヶ月後からそれ故か、大きな仕事を任されました。
そして、今も自由に日本舞踊のことを出来ます。

あの時の選択は
海外でも自由に活動できる現在を得られる
大きな選択だったと
今ではとても感じます。

さて、
当時のこと
お稽古場で自分の番が来るまで
ひたすら廊下で摺り足をして待っていました。

数分で番が回って来ることもあれば
数十分の時もありました。
家でももちろんしてはいましたが

時たま
夜にふと
20~30分ほど
精神集中のために
摺り足をすることもありました。

おかげ様で
今ではそのすり足を基礎とした
日本舞踊のクラスを
大学の授業や
海外の著名な振付家・ダンサーさんなどに
教える機会が増えました。

師匠から言われた基礎を
忠実に行っていたからだなと
ふと
そのことに感謝を覚えました。

数年前に師匠を亡くしてからは
師として舞踊を習う人が居なくなりましたが
今では私が教える立場になっているのだと
今更ながら実感し
師匠のように思ってもらえるように
師匠から教わったことを思い出し
日々精進を深めていきたいと思います。

日置あつし

この記事を書いた人

日置 あつし

日置 あつし

振付家・ダンサー / 京都府庁アーツアドバイザー
京都を拠点に、ヨーロッパなど海外で活動しているアーティスト。
現在と伝統と多文化を織り交ぜた作品創作を得意とする。

職種:振付、ダンス、作曲、演出、プロデュース、俳優など

ジャンル:コンテンポラリーダンス、日本舞踊、茶道、アジアンテイストデジタルサウンド、DNA音楽、現代演劇、まちづくり系イベント、フェスティバルなど

地域での活動:吉田剣鉾保存会(京都市無形文化財)メンバー